万葉仮借と上代特殊仮借遣ひ

 そもそも、誤解の始まりは、万葉仮借や上代特殊仮借遣ひを、万葉仮名、上代特殊仮名遣ひと命名したことが原因だ。万葉集は漢字で書かれてをり、仮借の機能を使って大和言葉を音写してゐるものだ。そこで、甲種、乙種と言って使ひ分けられてゐたのは歴然たる漢字である。甲乙の違ひが、当時の日本人に共通する音韻の違ひなのか、渡来人だけが認識する音声的なものなのか、中央の貴族が気取って使ふ漢字の使ひ分けなのか、諸説はあるものの、確実に言へるのは、それらは漢字の使ひ分けだったといふことだ。
 上代特殊仮仮名遣ひを、平安以後、現在にまでつながる仮名体系で使ひ分けたことがないのだから、それは、学問的関心事であっても正仮名遣ひの対象とは趣向が違ふ。