大母音推移と英字の読み方

 大母音推移(The Great Vowel Shift)とは、英語の発音と綴りに乖離が生じた象徴的出来事である。英語におけるアルファベットの呼び方がこの大母音推移に大きく影響されてゐる。まづ、母音字に注目する。母音には短母音と長母音があり、それぞれ綴りどほりに発音されてゐた。

母音字 A E I O U
短母音
長母音 アー エー イー オー ウー
大母音推移 エイ イー アイ オウ ユー

 あっさり今の英字の読み方になった。子音字の場合、鼻音、流音、無声摩擦音は単独でも発音できる。日本語でも撥音や「です」「ます」などの「す」に現れる無声拍はその一例である。この場合、調子を整へるために、子音字の前に軽く「e」を付けて読んだ。

子音字 eF eL eM eN eR eS eX
読み エフ エル エム エヌ エル エス エフ
訛り    アール エックス

 そのままで素直に読めばいいものも多いが、「eR(エル)」「eX(エフ)」が気になる。まづ「eR(エル)」であるが、英字で綴ると「er」だ。[r」といふ子音が後続することで、「e」が中舌、巻き舌化して「eR(アール)」になった。「eX(エフ)」は片仮名だと「eF(エフ)」と区別が付かないが、ドイツ語にある「バッハ」「ゴッホ」で使ふやうに、奥舌を軟口蓋に付けて摩擦して出す音だ。英語ではこれが「クス」に訛り、「eX(エックス)」になった。
 一方、破裂音や有声摩擦音は、子音字単独で読むのが難しいので、後ろに長音の「e」を付けて読んだ。

子音字 Be Ce De Ge Pe Te Ve Ze
読み ベー ケー デー ゲー ペー テー ヴェー ゼー
大母音推移 ビー キー ディー ギー ピー ティー ヴィー ズィー
訛り スィー ジー

 ここでも「Ce(キー)」と「Ge(ギー)」が不可解である。実は軟口蓋音は「イ」や「エ」と結び付くと口蓋化を起こし、「チー」「ヂー」となる。次に破裂音は摩擦化を起こし、それぞれ「スィー」「ジー」となる。「Ge」の方は完全に摩擦化してをらず、破擦音のままなので、文字通り「ヂー」と書くのが正しいのかもしれない。残りは、四つの子音字(HJKQ)と二つの半母音字(WY)になった。解説より先に表を見た方が分かりやすい。

子音字/半母音字 aitcH Ja Ka Qu UU(W) UI(Y)
読み アイチ ヤー カー クー ダブルウー ウイー
大母音推移 エイチ ジェイ ケイ キュー ダブリュー ワイ

 まづ、「H」「J」はフランス語に引きずられた読み方を採用した。また「J」は、もともと半母音だった。詳細は省略する。次に「K」「Q」であるが「C」と同様に[k]の音素を表はしてゐた。ただし「K」と「Q」は後続の母音に制約があり「e」を後続できなかったので、他の母音字を使ひ「Ka」「Qu」と読むことになった。「W」は「V+V」の合成字で、「Y」は、字源は違ふものの「V+I」の合成字と認識されてゐた。当時は「U」と「V」に明確な区別はなかったので「U」と置き換へ可能であった。

以上をまとめると以下のやうな表になる。

英字 A Be Ce De
読み アー ベー ケー デー
大母音推移 エイ ビー スィー ディー
英字 E eF Ge aitcH I Ja
読み エー エフ ゲー アイチ イー ヤー
大母音推移 イー エフ ジー エイチ アイ ジェイ
英字 Ka eL eM eN O Pe
読み カー エル エム エヌ オー ペー
大母音推移 ケイ エル エム エヌ オウ ピー
英字 Qu eR eS Te U Ve
読み クー エル エス テー ウー ヴェー
大母音推移 キュー アール エス ティー ユー ヴィー
英字 UU(W) eX UI(Y) Ze
読み ダブルウー エフ ウイー ゼー
大母音推移 ダブリュー エックス ワイ ズィー
  • ※【引きずる】「引く」と「摺る(する)」の複合動詞。連濁を起こす。