怪獸の名はなぜガギグゲゴなのか → ISBN:4106100789
以前に書評で輕く觸れたが、そのときは、本屋で流し讀みした程度であつた。今回、圖書館で借りる機會があつたので、詳細に觸れる。
全體的な感想は、この手の斬新で感覺を問ふやうな著作は、共時態に徹すること。それなら、言葉に關する感覺が鋭い女性實業家の音素に關するイメージ一覽表といふ趣旨で爽やかに讀めた。
しかし、以下の三點を通時態の觀點から言及したことで、この本には素人の思ひ込みが多いといふ印象を與へてしまつた。
1、印歐支那共通語彙
印歐祖語と支那祖語には共通の語彙があるといふ説。もちろん、借用關係が存在しないとはいはないけど、そんな珍説を持ち出さなくても、音色と語義には、どの言語にも共通した類似點があるといふはうが、著者の專門の腦生理學(?)方面に沿つた説明ができたと思ふ。
2、アルファベット口内器官説
ハングルぢやあるまいし、アルファベットはやつぱり自然物の象形文字から發達したものだらう。K,Cが喉や口腔を表現してゐるなんて説を本書で言及するのはマイナスで、電波説收集家なら、別の著書で言及すべきであらう。
3、卑彌呼
卑彌呼が、PIMIKO → FIMIKO → HIMIKO と變遷したのは、日本語學をかじつてゐるものには、初歩の初歩なのだが、1700年前に、卑彌呼=HIMIKO といふ前提で言葉のイメージを解説されても、その部分は讀み飛ばすしかない。著者がもし日本語におけるハ行のイメージを説明するのなら、同樣にFやPのイメージにも言及すべきだらう。
その他、通時態とは違ふが、「日本人は左腦で云々・・・」の下りも蛇足に近いものを感じる。