球史に殘る一戰

 まさに、球史に殘る一戰であった。これほど緊迫した試合は、今後有り得ないかもしれない。日米といふ世界1,2の規模を誇るプロ野球リーグを持つ野球先進國同士の戰ひである。2008年8月20日は球史に殘るであらう。
 兩者とも、決勝トーナメントへの進出が決まってゐる。しかも4勝2敗の相星で、勝者が豫選3位通過、敗者が豫選4位通過である。全く條件が同じである。單純に考へれば、豫選を上位で通過したはうが有利なのだが、北京五輪での組み合はせルールでは單純に行かない。既に、韓國が1位通過、キューバが2位通過を決めてゐた。決勝トーナメントでは、1位通過と4位通過、2位通過と3位通過が、それぞれ準決勝を戰ひ、勝者同士が決勝で金メダルと銀メダルを懸けて戰ひ、敗者同士は3位決定戰で銅メダルを懸ける。
 この組み合はせルールが、「球史に殘る一戰」を演出した。金メダルと取るには、まづ準決勝で勝つ必要がある。この條件のもとでは、準決勝で勝つ確率が高いチームと對戰することが重要になる。勝つ確率が高いといふのは、絶對値ではなく、相對値である。假に、韓國戰では40%の確率、キューバ戰では20%の確率で勝てるとすれば、韓國と對戰することを選ぶのが本當の勝負師である。誤解のないやうに言っておくが、韓國が絶對的に弱いから對戰を選ぶのではなく、韓國がキューバより相對的に弱いから對戰を選ぶのである。
 この條件のもと、兩者ともいかにして負けるかを競った。日本チームはプロ野球選手で、アメリカチームは3Aなどのマイナー選手だが、それぞれプロであることには變はりない。兩者ともプロとしての最低限のプレーを維持しながら負けるのである。露骨な落球や、怠慢な空振りはご法度である。一部プロとしてあるまじき怠慢プレーがあったが、それでも及第點のプレーを肅々と行ひ、日本が「負け」を勝ち取った。
 延長10回までは、兩者とも緊迫した投手戰を演じながらゼロ行進を續けた。中には、3アウトを取りながらも守り續けるといふナイスファイトもあった。延長11回から、ノーアウト1,2壘で攻撃を始めるタイブレークといふルールがあるのだが、ここから、アメリカチームの未熟さが出た。この状況をゼロで終へるのは露骨過ぎたが、かと言って4點を取ってしまっては、アメリカに「敗機」はない。延長11回の裏は、日本は、簡單に2アウトまで稼ぎ、次にアリバイ作りの2點を取った。終了間際、アメリカもパスボールといふ必死の抵抗で、日本に點を與へようと頑張ったが、最高の役者「阿部」による平凡なファールフライで野望は潰えた。阿部の打球を處理した選手も、落球のきっかけがつかめなかった。

*****

 今日の試合を無氣力試合や消化試合と揶揄する人もいるが、それは違ふ。兩者ともプロの意地を懸けて「負け」に行ったのだ。そして、日本は目的を果たした。勝負度外視で、レギュラーを爭ふオープン戰、個人記録を爭ふシーズン終盤の消化試合、觀客にプロの技を披露する日米親善試合、これらとは全く違ふ、負けるために勝負したのだ。
 ところで、このやうな姑息な手段を使って、肝腎の韓國戰に負けたら、恥づかしいと思ふ人もいるだらう。しかし、それは違ふ。韓國に負けた場合、實力がなかったからであり、もともと決勝で戰ふ實力がなかったのだ。いはゆる實力不足だ。もともと3位以下の實力しかなかったのだ。ところが、キューバ戰で負けた場合、本來なら、2位の實力がありながら、3位以下に甘んじるといふ事態が生じる。實は、それが前回のアテネ五輪である。まさに作戰ミスである。
 本當の戰略家といふのは、實力どほりの結果をまづ確保することから始める。そこから、實力以上の成果を目指せばよい。逆に、實力未滿の結果しか殘せなければ、失格である。星野監督がおこなった豫選リーグ最終戰の采配は、彼の監督人生で最も輝けるものになるであらう。