正仮名遣ひに注力

 最近、闇黒日記(http://members.jcom.home.ne.jp/w3c/omake/diary.html)で正仮名遣ひの議論が熱い。アンチ正字正仮名遣ひの人は、全体の論理に対する批判ではなく、個々の粗探しで批判してくる。ふと考へると現状の正字正仮名遣ひ派の人は、次のやうに分類できる。

正仮名遣ひ 正字 擬古文
正仮名遣ひ派
正字
正字正仮名遣ひ派
擬古文派
アンチ正字正仮名遣ひ派 ×

 ◎は積極的支持、○は基本的に支持、△は中立か無関心、×は反対だ。アンチの特徴は、擬古文にはある程度の支持を示しながら、正仮名遣ひを猛烈に批判してゐる点だ。正字そのものに関して特に攻撃はしてゐないやうだ。そして、アンチのバイブルと言へる「かなづかい入門(ISBN:9784582854268)」が登場した。典型的な書評は、「歴史的仮名遣ひには興味があったが、この本を読んで歴史的仮名遣ひの欺瞞に気付いた。歴史的仮名遣ひなんて習得する価値がない。」だ。しかし、よくよく考へてみると、愛憎はコインの表裏であり、彼らがこの本に出会ふ前は、「歴史的仮名遣ひには興味があり実践したいが、擬古文を書くレベルまでに習得するのは無理だ。文語文法も字音仮名遣ひも難しい。ところが、ネットでは歴史的仮名遣ひで口語文を完璧に表現してゐる人が多数ゐる。こいつらの前で、歴史的仮名遣ひの運用能力を批判されるのはプライドが許さない。」といふ意識だったのではあるまいか。「かなづかい入門」が彼らに対して格好の言ひ訳を提供することで、彼らのコンプレックスを多少なりとも緩和したのであらう。これは、メタボで悩んでゐる中年が「ダイエットは健康に悪い」といふ類の本に出会ったのと同じ状況だ。しかし、心の中では、コンプレックスは解消できず、苦もなくダイエットを実践してゐる同僚に、痩せてゐると健康に悪いと執拗に攻撃してゐる、といふ状況を思ひ浮かべればよい。結局、彼らは正仮名遣ひへのコンプレックスを解消できないのだ。それは「かなづかい入門」の著者にも当てはまる。
 さて、表題の「正仮名遣ひに注力」だが、正字正仮名遣ひが理想であるものの、理想を広げすぎるとアンチに無用な攻撃材料を与へてしまふので、しばらくは正字よりも正仮名遣ひを優先するつもりだ。例へば、「文語の苑」に代表される擬古文派の人だが、正字正仮名遣ひを愛し、さらに文体まで追求するのは、個人の趣味としては良いが、彼らが正字正仮名遣ひ派の代表のやうに思はれてしまっては、正仮名遣ひに興味を覚え始めた人に対して、あまりにもハードルが高いといふ印象を与へて逆効果である。それに、表記と文体は別物であるのに、その境界を曖昧にしてゐては、擬古文が書ける=正字正仮名遣ひ派、擬古文が書けない=アンチ正字正仮名遣ひ派、といふ二元論に陥ってしまふ。
 また、正字派についてであるが、新常用漢字表のパブリックレビューを見ても分かるやうに、正仮名遣ひとは無縁の正字派といふ勢力が存在する。世の中には、仮名遣ひマニアは皆無だが、漢字マニアは多い。漢字にある程度興味を持った人なら、当用漢字表新字体はとても許せる代物ではないと気付くだらう。「区」「広」「栄」の「メ」「ム」「ツ」などは、戦前、手書きで略字を多用してゐた人でさへ、当用漢字字体表に採用されて驚いたことであらう。あれは、複雑な漢字部品を速記するための記号であって、正規の漢字部品といふ認識はなかったはずだ。といふ意味で、今でも正字派は多いし、正字は台湾では立派な現役の字体であり、中国が繁体字を尊重するやうになれば、日本だって正字を尊重する方向に傾く。もともと、当用漢字や拡張新字体を推進してゐた連中は、中国共産党の簡化字政策に心酔してゐた人が多く、本丸の中国が繁体字に寝返ったら、心理パニックにより、表舞台から去るであらう。さういふ意味では、正字復活はそちらに任せても大丈夫だ。
 残るは正仮名遣ひであるが、これは、日本人が推進しなければ誰も担ひ手がゐない。そこで、私は、「正仮名遣ひ実践7つのコツ」といふ記事を未来日記で登録して常にトップに来るやうにして、この日記を訪れる人が参照しやすいやうにした。記事といふより「カンニングペーパー」と見なしてよい。カンニングペーパーなので、項目が少ないはうが試験に持ち込みやすいし、今後も簡潔な方向に改良したいと思ふ。事実、私はあの程度のコツで正仮名遣ひを書いてゐる。あの程度の知識で実践できるし、例へ間違ひがあっても、タイポを逸脱するやうな間違ひにはならず、立派に正仮名遣ひ文として通用する。現代仮名遣ひにだってタイポは常に存在する。また、戦前の教育は、擬古文を書くことを目指したわけでなく、あくまでも通常の学校教育で及第点を取ったレベルの人が難なく運用できる仮名遣ひを教へたわけで、コンピュータでブログが書けるやうなレベルの人なら、あのカンニングペーパーを読めば、1時間で正仮名遣ひを運用できるやうになるはずだ。