アッチ系の人が大好きなハングルは『世界一優秀な表音文字』かも知れぬが、韓国語を表現するハングルは、必ずしも表音文字として使はれてゐるわけではない。むしろ、語幹や形態素の一貫性を維持するために、表音性を犠牲にしてゐるので、多数のリエゾンが存在する。しかも単独では黙字として発音せずに、後続の助詞や活用語尾が来たときに発音するものも書き分けられてゐる。もともと、一般的な文字は象形文字から始まったので、語を書き表すためのものであって、音声を写すものではない。最初から表音文字として設計されたハングルでも、表音性よりも表語性が優先されるのは、文字の性格としてはごく自然のことだ。ハングルを『世界一優秀な表音文字』と持てはやすのは、漢字が嫌ひなアッチ系の日本人であって、一般の韓国人から見れば、妙な持ち上げられ方をされて迷惑だらう。
ところで、上記の文章を理解するために、日本語とローマ字を使って、ハングルの表語性を説明してみよう。
例文 | 客は | 行ったが | 僕は | 行かなかった |
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音に基づく分解 | kya-ku-wa | i-tta-ga | bo-ku-wa | i-ka-na-ka-tta |
캬쿠와 | 이따가 | 보쿠와 | 이카나카따 | |
語に基づく分解 | kyak-wa | ik-ta-ga | bok-wa | ik-a-nak-ar-ta |
캭와 | 잌타가 | 복와 | 잌아낰알타 |
「行く」といふ動詞が活用により音声が複雑に変化しても、「ik-」といふ語幹は維持する。「ik-a」では「ika」と文字通りに読むのに対して、「ik-ta」では[itta」と変化する。また、「行かなかった」も音によって区切るのではなく「ik-a-nak-ar-ta」と語源に近い「行か・なく・あり・た」と区切る。この中では不変の形態素として「ik-(行く)」「nak-(なく)」「ar-(ある)」を維持してゐる。このやうに、韓国語の正書法では、音による区切りではなく語による区切りを採用した。語幹は前後の子音を含めるので必然的に複雑な形状になり、活用語尾は母音だけの場合も多く単純な形状になる。同じハングルを使用しても、複雑な詞と単純な辞のコントラスト(対照性)により、形態素の区切りが明確になり、可読性が高まるのだ。音声の羅列を再現するだけでは文字言語は成り立たない。
- ※ 必ずしも:「かり・なら・ず・しも」