アクロニムと漢字熟語と同音異義語

略語の難しさと云ふ事が問題になる。「DOPの取り組みの一環として、ITUでは、DOIというICTについての指標を開発している。」等と言つても、すぐに解る人はあんまりゐないだらう(Wikipediaの「国際電気通信連合」を參照の事)。漢字の場合、或程度略しても、漢字の意味から何となくぼんやりとした概念は思ひ浮べられる。ところが、アルファベットの略語だと、これは最う知つてゐないと何うにもならない。

 英語で、BMP、BOM、UCS、UTFのやうにアルファベットの頭文字を羅列した略語をアクロニムと言ふ。日本語には頭字語といふ立派な訳語があるので、以下これを用ゐる。さて、私が例示したBMP、BOM、UCS、UTFは、その分野の専門家には馴染みの用語でも、専門が違へば異分野の頭字語は全く理解できなくなる。頭字語は専門書で良く使はれるが、その理由として、専門家の間では頭字語だけで正確な意思疎通が出来るし、いちいち頭字語の元となった熟語を書いてゐたのでは、ただでさへ分厚い専門書がますます分厚くなるし、文章の流れも悪くなることが挙げられる。例へば、「The corresponding UTF-8 BOM sequence is ...」を「The corresponding Universal Character Set Transformation Format-8 Byte Order Mark sequence is ...」と表現しようものなら、前置きが長ったらしく肝心の文意が伝はらなくなってしまふ。
 ただ、数十文字にも及ぶ熟語のスペルを数文字の頭字語に凝縮するのだから、同じ頭字語を使ってゐながら、専門が違ふと全く意味の違ふ頭字語が存在することが良く起きる。異分野の専門家同士で衝突を回避する必要性も低いし、そもそもそのやうな活動で時間を浪費するぐらゐなら、それぞれの研究活動に専念したいのが専門家の常である。例へば、「AA」には次のやうな意味がある。「Alcoholics Anonymous」「Assocate of Arts」「Achievement Age」「Afro-Asian」「Anti-Aircraft」「Automobile Association」などなどだ。それらを差し置いて、日本人にとっては「AA」と言へば「Ascii Art」が真っ先に思ひ付くであらう。
 実は漢字熟語において同音異義語が多数生まれた背景にはこれと同様の事情がある。音韻面で字音の総数が少ない日本語の場合、中国語や韓国語よりも同音異義語が生まれやすい環境にあるが、同音異義語が多数あっても専門家で通じる文脈であれば同音で衝突する語は意外と少なく不都合がない。したがって口頭による講演会でも聴衆に誤解を与へることは少ない。同音同義語の多い漢字熟語を漢字の欠点として挙げつらふ人が多いが、これと比較すべきは英語の頭字語である。二文字の場合で比較すると、頭字語では26×26=676通りの読みに対して、漢字熟語では約300×約300=約9万通りの読みが理論上存在する。しかも、頭字語は文章に書いても、その組み合はせの数は音声と同じなのに対して、漢字熟語では、常用漢字だけに限っても2000×2000=400万通りも存在し、新しい概念を表現するには十分過ぎる数である。この数を見ても、新規概念を表現するのに、漢字がいかに強力な文字であるか分かるのと同時に、アルファベットがいかに貧弱な文字であるか分かるであらう。

 ※(2009/05/08追記) 厳密には、BOM(Byte Order Mark)を「ビー・オー・エム」と読む段階を initialism と呼び、「ボム」と読む段階を acronym と呼ぶ。頭字語といふ訳語は両者を含む。