特集「英米ローマ字規格」: Machine Readable Travel Documents

(2018/09/02)
特集「英米ローマ字規格」

 前回の記事で、ラテン文字で伝統があるドイツ語でもパスポート名の制約により代書法を決めてゐると紹介しました。パスポート名の制約について紹介します。

 PDFの文書はリンク切れになる可能性もあるので、その場合、「passport Machine readable zone (MRZ)」「TRANSLITERATIONS RECOMMENDED FOR USE BY STATES」といふキーワードで検索してください。
 パスポート名に使用できる文字は「4.4 Print Specifications」に記述されてゐます。

  • 0123456789ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZ

 そして、上記以外の文字を使用してゐる場合は、「6. TRANSLITERATIONS RECOMMENDED FOR USE BY STATES」で置換例が記述されてゐます。かなり詳細な例がありますが、「英米の傲慢ここに極まれり」といふ印象を持つに違ひありません。仕方ありません。これが現実ですから、受け入れるしかありません。訓令定義に関係あるのは下記の変換です。

  • Â → A, Î → I, Û → U, Ê → E, Ô → O

 これを見て分かるやうに、パスポートのローマ字とは、訓令第2表のヘボン式パートを使ひ、正しく長音表記したあとに、ICAO にしたがって長音記号を省いたものになります。一部「MB, MM, MP, TCH」と訓令定義を逸脱した規則がありますが、それほど訓令定義から逸脱した規則ではありません。ところが、義務教育で長音の概念を教へてゐないことから、愛知県のパスポート発行センター*1のやうに、「遠山(とおやま)」の「遠(とお)」は長音であり、「高遠(たかとお)」の「遠(とお)」は長音でなく、しかも、「高遠(たかとう)」と振り仮名を付ければ、「遠(とう)」は長音になるさうです。もう滅茶苦茶でせう。父親と母親と祖父母が別々にパスポート申請に行ったら、同一家族で「TAKATO」「TAKATOO」と2種類のパスポートができるのは必至です。長音を詳細に説明したつもりが、かへって混乱の元になり、しかも説明してゐる担当者も理解してゐると思へません。
 独仏に限らず、欧州の諸国は、ラテン文字の使用歴史が長く、しかも正書法でつづりや字上符を定めてゐます。それでも、パスポート名のために、代書法としてつづりを決めたり、字上符を省くことを受け入れてゐる訳です。相当の屈辱だと思ひます。一方、日本は、ローマ字は固有名詞で使はれるだけで、ローマ字文の蓄積なんて存在しません。パスポート名に関してはフリーハンドなのです。それなのに、長音符のハット(正式にはサーカムフレックス)に拘ること*2は多大なる損失です。元々、日本語の音韻は単純で、ハットに頼らなくても英字26字でも十分表現できます。そして、現代仮名遣ひが定着した今、最も混乱なくつづれるのが、仮名遣ひをそのままつづる方式です。